1937年福岡県門司市(現・北九州市門司区)生まれ。イタリア、ミラノ在住。女子美術大学図案科(現・デザイン学科)在学中、グラフィックデザイナー河野鷹思(こうの・たかし)の授業を受講し、テレビのテロップを作る課題が、アニメーションの動きを想像する出発点となったという。部活では彫塑部をつくり粘土(クレイ)と出会う。出品した彫塑が二科展で賞を受賞。その後女子美の助手をつとめる中、1967年文部省のイタリア政府国費留学生としてイタリアへ留学、ミラノ・プレラアカデミーで学ぶ。当時大学生だったアニエーゼ氏と出会う(彼女はのちに1973年設立の「スタジオ・ユサキ」を経営・運営する湯崎の大事なパートナーとなる。)。そのままイタリアにとどまりテレビ広告の仕事をする中で、メタモルフォーゼするアニメーションの作風が評判になる。イタリア「CARTOONS ON THE BAY」国際テレビ用アニメ映画祭にて、2001年にプルチネルラ賞を、2008年にプルチネルラ キャリア賞を受賞し、2021年に殿堂入りを果たした。
日本では、2002年NHKプチプチ・アニメ枠で、彼女が監督した『ナッチョとポム』が放映され、人気を博す。また、松尾芭蕉の芭蕉七部集の一『冬の日』を題材に、35人の作家が参加した川本喜八郎監督による『連句アニメーション「冬の日」』(2003)にも参加している。
現在も制作をする傍ら、子どもたちへのワークショップ、来日の際にはトークショーなど精力的な活動を続けている。

