1939年東京都生まれ。高校の求人をきっかけに東映動画の「仕上げ」の試験を受け、1958年に社員一期生として入社。CM製作部の仕上部門に配属される。不況でCM制作部が解散したのち、仕上課のテレビアニメのトレースに異動し『狼少年ケン』を担当。組合の執行部を通じて高畑勲や宮崎駿と親しくなる。『太陽の王子 ホルスの大冒険』に自から望み7名のうちの1名のトレーサーとして参加する。『長靴をはいた猫』ではチーフ・トレーサーを担当。1968年に東映動画を退社。トレーサーの仕事に疑問を持ち演出やほかの仕事を検討するも、1969年にAプロダクションに仕上げで入社する。のちに入社してきた高畑、宮崎のもとで『ルパン三世』『パンダコパンダ』などのトレースを担当。その後、ズイヨー(後に日本アニメーションに改称)に移り、先に入社していた高畑、宮崎のもとで『アルプスの少女ハイジ』でトレースとセル検の手伝いをする。美術監督の仕事であった色彩設計のカットごとの細かい色指定を任されるようになり、『母をたずねて三千里』の頃から本格的な色彩設定の仕事を始める。『未来少年コナン』でキャラクターの色彩設定のすべてを担当する。1984年の『風の谷のナウシカ』に参加して以来、スタジオジブリ劇場用作品のほとんどの色彩設計を担当。高畑勲や宮崎駿からは「同志」「戦友」と呼ばれ、『火垂るの墓』と『となりのトトロ』では両作品に参加。茶カーボン紙の新たな使用や、既存のインクではないオリジナルな新色を作り、『火垂るの墓』では8割が新色で、幽霊の兄妹などに使用した。『もののけ姫』では546色を駆使し、デジタルペイント化をすすめる。2008年『崖の上のポニョ』で現役引退するも、2013年『風立ちぬ』で復帰し、最後の仕事となる。2016年没。77歳であった。2018年~2019年三鷹の森ジブリ美術館では保田の手腕を紹介する企画展示「映画を塗る仕事」展が開催された。
プロフィール
書誌
- Ghibli Goods Encyclopedia, 『ジブリの「色」を決めてきた保田道世さん』
- 柴口育子『アニメーションの色職人』(徳間書店、1997年).
- 三鷹の森美術館、企画展示「映画を塗る仕事」展.
- 読売新聞、「ジブリ作品の色彩設計を担当する保田道世さんに聞く」、2003年7月7日.
- 構成
- 米村みゆき
- 編集
- 須川亜紀子

