出典: https://dock.geidai.ac.jp/wija/creators/%e4%b8%8a%e7%94%b0%e9%99%bd%e5%ad%90/ 印刷日: 2026-10-22

上田陽子

うえだようこ

主な所属
プロダクション・アイジー(I.G)
主な役職・肩書
取締役
キーワード
#IPマネジメント, #取締役
聞き手
石田美紀、須川亜紀子、米村みゆき、宮本裕子
構成
米村みゆき
編集
須川亜紀子
インタビュー日
2025年1月
インタビュー場所
吉祥寺にて
公開日

――現在の主なお仕事の内容を教えてください。

現在、私はプロダクション・アイジー(I.G)の取締役として参画しております。担当は管理部門、総務、経理、財務、法務などバックオフィスの部門、またIPマネジメント部でも担当しており、こちらでは当社が保有する著作権の管理・運用業務を統括しています。加えて、長年にわたり役員秘書や広報業務にも携わってきた経験を活かし、そちらの業務も行っています。

まとめると、主に「管理部門」と「IPマネジメント」の二つの役割を担っております。

――ありがとうございます。いろいろな部署をご担当されていらっしゃるようですが、ご自身の中ではどの仕事が中心的なものという感覚でしょうか。

IPの管理運用の方かなと思います。

――では、上田さんがアニメ業界に入られたきっかけを教えていただけますか?

実は、アニメ業界で働こうと決めたのは、まったくの偶然でした。高校・短大で絵を学んでいたものの、その道のプロとして食べていける自信はなく、地方から上京して普通の会社に就職しました。一身上の都合で最初の就職先は退職することとなったのですが、その後東京にいるのだから、地元に戻るまえに東京でしかできない仕事を経験しておきたいなと考えていた時期に、[東京工芸大学]杉並アニメーションミュージアムのオープニングスタッフの募集をみつけました。アニメに関われれば楽しいだろうなというくらいの考えだったのですが、ミュージアム館長の鈴木伸一さんから「アニメには制作進行という仕事があって、割と間口が広く誰でも受けられるから、そんなにアニメが好きなら受けてみたら」と勧められ、絵を描かないアニメの仕事があるのかと驚きました。制作進行に必要なスキルは運転免許だということで、すぐに自動車免許を取得して制作進行に応募できるようにと動きました。とはいえ、もともと業界の知識が無かったので、絶対に制作進行という職種がいい、など細かい希望はなく、「アニメに関係できる仕事」であればなんでもいいと思っていました。いくつかアニメスタジオの求人に応募しましたが、内定をいただいた会社のうち、大好きな作品『人狼 JIN-ROH』を制作していたI.Gへ入社しました。I.G入社後は制作進行ではなく、作品宣伝部署に配属され、そこから今まで経験を積んできました。

――前職は全くアニメとは関係がなかったということですね。

はい。ミュージアムのアルバイト以前は、アニメとは無縁の仕事ばかりでした。

――何歳くらいの頃にアルバイトを始められたんですか

23歳だったと思います。

――結構早くから社会に出られて、20代でアニメ業界に参入されたのですね。

そうですね。こんなに長くこの業界にいることになるとは思っておりませんでした。

――当時、制作進行という仕事は、肉体的にもハードな仕事だったと思うのですが、たとえば物を運ぶことなど、女性として苦労されたことが多かったのではないでしょうか。

制作進行を担当したかったのですが、結果的に制作進行にさせてもらえず、残念ながらその業務を務める機会はありませんでした。

――女性スタッフの場合は、制作進行よりもおっしゃったような業種の担当の方が多かったのでしょうか。

I.Gは、その当時から女性も多かった印象があります。今よりは少ないのですが。山川(道子)も入社年度では1、2年先輩で、当時私の教育担当をしてくださった2名も女性でした。同期入社の制作進行職にも女性は数名おりました。仕上げの部門は9割9分女性というほど女性のスタッフが多く、I.Gに入社した時は、正直、意外に女性が多いんだな、という感想を抱きました。

――働きやすいという点において、女性が多い職場はどうでしょうか。

そうですね。私は2005年10月に入社しまして、今年で20年目になります。これまでに二度の産休・育休を取得し、二人の子どもを育てながら働いてきました。入社したときは、アニメ業界に対するイメージもあり、子どもを産んだら仕事を続けることはできないのだろうな、となんとなく思っておりました。しかし、I.Gの代表である石川光久がとても子ども好きで「頑張って」と言葉をかけ続けてくれ、復職後も変わらず仕事を任せてくださいました。社内では「お母さん社員」も結構増えてきました。同僚の理解と支援のおかげで、今も役員として仕事を続けています。女性が働きやすい風土がある会社だと感じていますし、女性の登用に比較的ポジティブな会社なのかなという印象を持っています。

――お二人も子供さんを育てて大変でしょう。正直すごいなと思います。

そうですね。でも、子どもがとても可愛いので、子育てが大変だとはさほど思っていません。それでも仕事を続けられないかも…と思ったことも1回2回3回……8回ほどありますが(笑)、子どもが元気でいるのと、自分自身が好きな仕事をしていること、そして子どももアニメ作品を好きになることが多いので良かったなと思いながら今も働いています。

――産休明けには同じ職種に戻れたのですか?

1人目の子ども出産後の復職のタイミングでは同じ部署での復帰とはなりませんでしたが、ネガティブなものではなく、別部署の方から「良かったらこっちに異動してきたら」と声かけしてくださり、復職と同時に私の業務は役員の秘書業務と新規事業の開発へとシフトしました。そのおかげで会社に残れたところがあります。復職できるのか不安だったので、本当にありがたかったですね。

――アニメ業界にはいろいろな仕事があると思われますが、ライフステージと一致する仕事があるということなのでしょうか?お子さんが生まれると別の仕事に移動するというパターンは結構あるのでしょうか?

今はもうかなり変わってきておりますが、2000年代の前半あたりは、長期の休職を挟むことによってできるブランクを、周りの人たちが埋めてあげるような余裕はなかったと思います。最近は制作体制が改善され、業務をチームで分担することで、長期休暇を取りやすくなっています。社員の採用数を毎年一定数確保し、若い世代の意識を取り入れながら労務環境を適宜見直しているため、育児や働き方の両立がしやすくなっていると実感しています。

――その変化は、トップダウンによる指示だったのでしょうか?

トップダウンではなく、当事者と周辺のスタッフの努力によるところと、時代の変化の相乗効果ではないでしょうか、I.Gでは制作進行やアニメーターさんを5~10人ほどずつ採用します。毎年新人採用を行うことで労働に対する新しい意識を持つ新しい若い世代が入社してくるので、時代の変化に合わせた働き方を意識せざるを得ない。このことによって仕事に対する意識が会社でも更新できているのではないかと思うのです。昔は、テレビアニメを1人で1話担当できないと一人前ではないと言われていたのですが、今は一人当たりの業務負荷を軽減したり深夜残業を減らすため1話を複数人で回したりしています。出勤時間をずらし、早く来た人は早く帰る、遅く来た人は夜の当番をするなどの分担ができるようになったり、煩雑な関連業務も分担できるのではないかと。経営的にいえば今までは1人分の人件費でできたことを、例えば2人分の費用が必要になるため難しい部分もありますが、働く側の働きやすさは年々更新されるように感じます。

――世代交代によって新しい労働意識などが社内に波及していくような、良い環境や状況があるということでしょうか?

そうですね。I.Gはアニメ会社の中では中堅くらいの営業年数で、ベテランのスタッフたちと若い人たちの意見が必ずしもマッチするわけではないのですが、違う意見が会話に上ることが良い事だと思います。若い人たちの意見に合わせきれてはいないのですが、うちの会社の経営体力でできることを少しずつ取り組んでいるかたちだと思います。

――コミュニケーションを密にして、皆さんが話し合う場を作ることなど、風通しの良い雰囲気があるのですね。

私自身は良いと思っておりますが、その体感はおそらく個人によって異なると思います。私は話すことが好きなタイプですのでいろいろな人と話しますが、なかには話し下手の方や発言を控えられるタイプの方も多いだろうと思います。そのため全員が自分の意見をきちんと聞いてもらえているという体感には至ってないかもしれません。この点は会社として頑張るところかなと思っております。

――いろいろな個性を持つ社員さんがたくさんいらっしゃると思いますが、例えば、男性と女性というのは、ジェンダーによって違うなとか、コミュニケーションは難しいなとか思うようなことがありましたでしょうか。失礼なお話に少しなってしまうかもしれませんが。

私は自身が妊娠出産をしたときに「男性はいいな」と思いました。産休育休期間中も「私だって別に休みたくて休んでるわけじゃない」と思っていました。でも、こればかりはどんなに願ってもいわば機能的な性別の問題であり、女性しか妊娠出産ができない点に拠っているため、意思とか思想の力ではどうしようもないとも思いました。そして、男性は子どもが産まれるときに仕事のブランクや復職の事とかをあまり考えなくていいんだなという事実に直面して正直「羨ましいな」と思いました。

――男性社員は育休をとりませんか?

I.Gでは男性の育休取得事例も出てきています。育児に参加する意識がだいぶ高まってきていると思います。社内で誰かが育休を取ってるということが分かれば、男女ともに取得が少しずつ広がっていって、子育てをパートナー同士が協力していくことであると考える人が増えるといいなと思っております。

――男性の育休はどのくらいの期間を取られるのでしょうか?

人により異なるのですが、1ヶ月ぐらいだったと思います。

――本人が選べるのでしょうか?

会社の規定と、自分が取り組んでいる業務とどのように向き合うかによって異なります。担当している仕事の繁忙期には戻りたいという本人の思いやご家族の状況などで決まっているはずです。I.Gは基本的にフレックス制ですので、私の担当部署では、育休は取らなかったがフレックスとフルリモートを活用し、パートナーを支えながら働くという選択をした人もいました。

――フルリモートが可能なのですね。

そうですね。コロナ禍を経てリモートワークの環境が十分に整ったので、その働き方を提供することができたという状況です。制度としてフルリモートを強く推奨してる訳ではありませんし、業務内容によっては必ず認められるということではないのですが、本人と面談した結果、仕事に穴を開けたくはないがパートナーも助けてあげたいという希望があり、その人はフルリモートで勤務することで着地しました。一定期間を経て、今は通常勤務形態にもどっていますが。

――社内結婚された方は多いのでしょうか。

職場内での結婚は多いのかなと思います。私のパートナーも元々同僚です。もうI.Gを退職してしまっていますが。職場結婚は割と多いと感じていますが、良い面も難しい面もあるのかなと思います。

――アニメーター同士が結婚すると悲惨である、という噂を聞いたことがありますがいかがでしょうか?

噂の詳細はわかりませんが、お互いの業務繁忙期が重なったときは大変、などの意味だったりするのではないでしょうか。仕事に対するポリシーと個人としてのポリシーは個人個人違うと思いますので、同じ仕事に携わっているとわかることが多い分、無意識に甘えてしまったり、逆に厳しくなったりして揉めやすいなどはあるのではと思います。でも、この点はアニメの仕事かどうかにかかわらず、どの業界でも同じではないかと思います。業務上では上下関係がついていたり、オンとオフの切り替えができづらくなってしまったりとか、相手の繁忙期に気を遣いすぎて弱音が吐けなくなる場合など。同じ業種という括りであれば、アニメに関わらず同じような環境にみなさんなってしまうのではないかと思います。

――逆に、悩みを共有したりする場合はありますか?

あると思います。私の場合は、パートナーもアニメ制作に携わっており、制作現場寄りの業務をしています。自分の経験値がない分野の情報不足で判断に詰まったりした際に、ほかの視点からアドバイスを貰ったり、逆にパートナー側の分野ではない部分の知識を私が持っていたりするので助言ができるということもあります。もちろん機密情報などはお互い話せませんが、それでも同業者であるメリットを感じます。

――杉並アニメーションミュージアムで、オープニングスタッフに関わった時の件に戻りますが、館長は鈴木伸一さんでしたでしょうか。

そうです。「ラーメン大好き小池さん」のモデルとして知られる鈴木さんです。鈴木さんが私のような末端のスタッフを覚えてくださっているかわからないのですが、私は鈴木さんのおかげでこの業界に入ることができたと思っております。

――そのとき鈴木伸一さんとはどのような交流がありましたか?

館長と1人のバイトスタッフのレベルではありましたが、アニメ業界で働けるというのを教えてくださった方です。日常的に雑談はしていました。当時はインターネットなどが今ほど便利ではなかったので、何件かアニメ会社の採用の求人ページを印刷して持ってきてくださりました。「こういうふうに(アニメの仕事は)あるんだよ」とおっしゃられて「そうだったんだ」と気づいた次第です。東京にいる間にアニメの会社で一回働いておこうと思ったのは鈴木さんのおかげです。とても優しい方です。みなさんに対して優しいと思います。

――私も大学院生のときに杉並アニメーションミュージアムにお話を聞かせてもらいに行ったのですが、突然の訪問ながら鈴木館長が出てこられてお話してくださりました。とてもフランクな良い方という印象でした。

そうですよね、同じように鈴木さんに優しく導いてもらった次第です。オープニングスタッフで入り、I.Gに採用されるまでの間のバイトの1つではあったのですが、とても楽しかったです。ミュージアムにちょうどI.Gが制作した『人狼 JIN-ROH』の素晴らしい原画やセルなどが展示してありました。このアルバイトをしなければ、今アニメの会社にはいなかったのかもしれないなと思います。

――I.Gの石川光久さんとは、どのような交流がございますか?

第一子を出産した後に、元々の部署から会社広報の部署に正式に異動になりました。その当時石川の秘書をしていた先輩が退職するとのことで、その時から6年間ほど石川の秘書業務をしておりました。ただその仕事だけでは時間が余りますので、新規事業のトライアルなど他の仕事も兼任させていただいていました。石川さんにはその頃からずっと良くしていただいております。1つのエピソードを選べないほどです。

――石川さんとの距離は近かったでしょうか。

距離はとても近かったため、喧嘩もしたりしました。例えば小さなことですが、当時は、現在のようなGoogleカレンダーのような便利なサービスもないので、石川の予定もホワイトボードで管理していました。どちらかが間違って予定を書くと、もはや何が正しいのか分からなくなり、どちらが間違えたのか、などよく喧嘩してました(笑)。

――けんかできるような仲の良さですね。

そうですね。とても良くしていただいていると思います。

――とてもお忙しく、お子さんもいらっしゃる中で、アニメ業界の労働はいわゆる9時に始まり17時に終わる労働とは異なると思われますが、どのようにやりくりをされていらっしゃるのでしょうか。

アニメの会社の良いところは選択肢があるところだと思っております。IP運用の部署は、いわゆるバックオフィスに近い業務が多いです。製作委員会に出資して取得した権利を委員会の参加者の代表としての運用していく業務があるのですが、これは一般的な営業や事務職に近いため午前10時頃に出社して夜の7時か8時に退社するという業務形態が可能です。管理部の部門も、繁忙期を除けば、およそ午前9時から10時ぐらいのあいだに出勤し夜は8時頃には帰宅するというような業務も可能です。制作現場でも、担当作品が動き出していない時は、上長や同僚と調整し、ゆっくり出勤したり、早く帰宅したりということも可能です。外部から見るとわかりずらいと思いますが、仕事が薄い時は仕事が薄いならではの働き方が選べます。繁忙期は極端に忙しいので、そういう時期の働き方にだけに注目されてしまうと難しい面があると思います。

――その忙しさについては、机の下にダンボールを敷いて寝ていた、などいろいろな伝説があると思いますが。

そういう時代もあったと思いますが、質問者の皆さんも学会の研究発表前や論文を書き上げる直前などは同じような状況ではないでしょうか。常に多忙を極めるかといえばそうではなくて。個人ごとに忙しい時期があり他の人の忙しい時期とはずれているのですが、会社単位で見ると常に忙しいという状況が続いているように見えます。実際、社内でとても暇そうに見える人もいますが、それには理由があります。例えば担当した作品の納品が終わったら、溜まった代休や消化できなかった有休をまとめて取得し長期休暇を取得するとか、旅行に行く人も結構います。アニメ業界のそういう部分は、あまり注目されないかなと思います。

――繁忙期に子育ては、どのようになさいましたか。

自分の中でキリが良いところまでは働きたいという思いがあり、子どもが乳児の時はおんぶして会社に戻って働いたりしていました。またできるだけ時間を有効に使いたいと思い、会社の近くの保育園に預け、朝も保育園が開園する時間に預け、早く出勤した分早く退社するようなかたちで労働時間を最大に使えるようにしていたと思います。

――お子さんを連れて出社しても大丈夫でしたか?

その当時、子連れ出勤していても周囲はとてもやさしかったです。私がバタバタしていると先輩が子どもと遊んでくれたりしていました。他の親御さんも会社にお子さんを連れてきていらっしゃる様子を見かけます。私の知る限りでは、マナーを守っていれば、周囲も温かく見守ってくれているように思います。昔の笑い話があるのですが、商品企画開発の業務をしてたとき、私の仕事が忙しく休日出勤をしなくてはならないなという日があり上司に相談したのですが、そしたらなんと上司が子どもをりんご狩りに連れてくれました。私は上司が仕事をひきとってくれたらいいな、と思っていたりしたのですが、結果子どもと上司がりんご狩りに行って私自身は休日に働いている状況になり、なんだかあべこべだと思ったのですが「まぁいいか、仕事も楽しいし」と思って笑ってしまいました。つまり何が言いたいかというと、まわりから協力してもらっています、ということです。

――家族ぐるみの付き合いでコミュニケーションもしっかりと取れているからでしょうね。

石川さんも自分のお子さんを会社に連れていらっしゃったりすることがたまにありましたし、会社の新人歓迎会などでは、小さいお子さんがいるご家族は子連れで来ていいよ、という雰囲気です。子どもも職場の会に招待してきたので、このような空気は少しずつですが出来ている気がします。

――通常の会社は「子どもは連れて来るな」みたいな雰囲気がありますね。

最近の人たちは子どもを育てながら働けたらいいという人もいるため、このような会社は楽しいと思いますが、真面目に仕事に取り組みたいタイプの人には辛いかもしれません。アニメ業界に関わらず仕事に対しての向き不向きはあると思います。子育ても仕事も100%取り組みたいという方には、どちらも際限なく取り組めてしまう事柄ですので厳しい状況になると思います。しかし、私は割と適当に対処するタイプですので、おそらくどちらも楽しくできてるのだと思います。

――仕事、家事、育児を3つに分けてそれぞれ40%ずつとしても、併せて100%を越えてしまいますよね。

私は平日は洗濯はしないと決めています。掃除もちょっとだけにしています。家事を突き詰めると心の余裕がなくなり倒れてしまいますから。生死に直結しないことは目を瞑る。このように考えられるようになってからは本当に楽になりましたね。「毎日きちんとやらなくては」と思っていた時はやはりストレスがとても溜まっていたのですが、イライラする自分が残念になり、生死にかかわること以外は優先順位は低くていいかなと考えるようにしました。洗濯を週末にまとめてするため、洋服のストックがたくさんあり場所を取ってしまっているのですが、死なないから大丈夫と思っています。

――妊娠中も仕事を辞めずに上田さんが続けられて、上田さんが後輩のロールモデルになったという感じでしょうか?

ロールモデルとまで言えないと思います。バックオフィス側でしたので、私の存在を知らない人も多いと思います。それでも知っている人にとっては前例にはなれたのかなと思います。こんな風に休みを取って復職した人がいるよ、という会話のネタになっていたら嬉しいです。また、自分の部署の後輩の産休育休については、とてもポジティブに回答してあげられているとは思っております。

――上田さんがいらっしゃるのといらっしゃらないのとでは全く状況は違うでしょうね。

影響力は小さいとは思いますが。それでも、似たような状況の後輩が悩んでいるのを見ると当時の自分を思い出します。「もっともっと仕事したい」という思いと「しっかり子育てもしたい」という思いで揺れている人が大半ですので。

――そのような相談にものっていらっしゃるのですか?

どこまで親身になれているか、役に立っているかはわかりませんが定期的な面談の機会で仕事とオンオフのバランスについてや、ご本人が何を優先していきたいのかという話題については、できるだけ話すようにしています。

――メンターのようですね。そのような制度があるというよりは自然とそのようになったということでしょうか。

自分の部署の所属部員に対しては、少なくとも半期に1回は面談をしています。本人にしてみれば仕事を頑張りたい時期と私生活を大事にしたい時期が波のように入れ替わると思いますので。やりたいことと会社が提供できる仕事と本人の現状の体力など相談しながら業務の割り振りを考える様にしているつもりではあります。

――キャリアパスついて多くお聞かせてくださったので、次の質問に移りたいと思います。将来的にどのような仕事を目指されていらっしゃいますか?次はこれをしたい、など。

ロールモデルとして目指してる方というのは実はいません。とにかく目の前の仕事で精一杯ですので、そのような崇高なものはお恥ずかしながら持ち合わせていません。しかし、今アニメの制作会社は、人件費の上昇と物価の高騰と円安という複数の要因で経営がかなり苦しい時期にありますので、どうすれば会社が潰れないようにできるのかと、微力ながら日々考えております。日本のアニメ市場が何兆円規模になった、などという景気のよさそうなニュースは聞くのですが、その収入がアニメスタジオへ還流されることはあまりないので。「流行っているらしい」という日本のアニメの利益をいかにダイレクトにアニメ制作会社に還元できるのかと最近は考えています。北米や中国地域のマーチャンダイジングをダイレクトに行うというのが目下の自分の業務なのです。この1、2年でその実績をしっかり残せたらいいなというのが短期的なビジョンです。これができれば、たぶん会社としてはその部分を広げていくことができて、収入基盤が一つできるのではないかと。引き続きトライしていきたいと思っております。

――例えば、公的な資金の導入となどはI.Gさんはどのようにお考えですか?

現在、和田丈嗣という人間が弊社社長なのですが和田は岸田前総理が立ち上げた映画戦略企画委員などで発言の機会もいただいています。無尽蔵な助成金については、それに依存するような経営をすることは危ないという思いがあります。I.Gはかなり真面目に経営している会社であると思っていますが、中には経営努力が足りず経営状況が決してよくない会社もあるかと思います。一生懸命経営努力をして黒字を出すと助成金や補助金がもらえない、真面目に努力しないで赤字でいる方が助成金や補助金の対象になる、というように自立経営をめざすという観点からは、ある種のアンバランスが起こり得る構造となるリスクがあると思います。言い方を変えると「働かないほうがラッキーだ」という状況になった時、それは産業として、会社として、正しいかたちなのか疑問があると思います。

例えばですが、赤字の企業に対してはその赤字額分の助成金を出します、という制度があった場合、何とか黒字にしようと血のにじむような努力をしても、赤字を出した方がお得になる。そうなれば黒字を出す努力を忘れてしまう、あきらめてしまう企業体が出来てしまうのではないか。そして助成金の制度が打ち切られたとき、自力では継続できない会社が生まれてしまう。こういう点をとても懸念しています。とはいえ制作会社の経営が楽ではないことは確かではあり、例えばフランスのように映像産業に対しての税制優遇のような方法を検討いただく、などは意味があると考えます。成金給付となると審査の過程がどうかとか、その給付は適正かどうかの審査もとても難しいです。アニメの会社は、バックオフィスの人材配置に余裕がない場合も多く、助成金や補助金とかを受け取った後の報告書を作るというのも正直難しいと思います。これはI.Gが会社としてそう考えているというよりは、個人的な意見です。

――助成金をもらうと、報告書提出などがありますしね。

制作会社は事務方のスタッフが圧倒的に足りてない会社が多いので、助成金を受け取ったら報告書の作成や書類の提出のために人件費支出も厳しい状況になるでしょう。零細企業ほど助成金は欲しいが、いただいても必要な資料作成などに対応できないという状況があるのではないかと思います。

例えば文化庁事業の一貫で動画協会さんが受託された若手育成事業があり、I.Gでも映像制作の企画を提出し参加しましたが、通常の経理処理にプラスでかかる負荷、また育成経過の追跡という目的もあり数年にわたり参加クリエイターの状況追跡という条件があるなど、小さなスタジオは厳しくてついていけないのではないでしょうか。これは本当に難しいなと思っています。

――「日本はアニメだ」と言われている割に、支援制度はまだまだですね。

フランスのように、消費税ではなくとも、何か買ったときのタックスで業界に還元していくような仕組み等が良いのではないかと思います。難しいでしょうが。

日本では利益を生んでいる産業に対して、政府が特別な援助を行うことはあまりないように感じています。むしろ、自立した市場こそが健全なのだと思います。助成金が多すぎると、かえって伝統芸能のように「守られすぎた」分野になりかねない。ですので、業界全体で努力し合うことが一番大切なのではないでしょうか。

I.Gの場合は、制作会社としての立場と、まれに発注者側の立場の双方を経験します。その中で、配信プラットフォームの相場はほぼ固定されており、「こちらが本来ほしい制作費」を上乗せするのは難しいと実感しています。また、年間で約100本のアニメが制作されているといわれ、そのうちヒット作品は2~3本程度です。多くは「当たるかどうかわからない賭け」のような状況とも言えますので、業界全体が儲かって潤っているわけではないこともご理解いただきたいと思います。

――最後に、女性がアニメ業界で働くという経験の中で、良かった点も難しかった点も多くあると思われますが、女性の働き方にフォーカスして何か「こうしていけたら」というような点はございますか。

個人的には、以前勤めていた会社と比べても、産休・育休以外で性別による不利を感じたことはほとんどありません。成果を出せば評価されますし、そうでなければ評価されないというシンプルな文化だと思います。

ただ、出産ということ自体、そして産休制度を利用するのは女性にしかできないため、その点でキャリアの“ブランク”が生じるのは事実です。ですが育休については男性も取得できるようになったり、それ以外については、かなりジェンダーの隔たりが縮まってきたと感じています。最近の採用では女性が半数以上を占め、部署ごとの男女比を調べたところ、全社でも女性の方がやや多い部署もある状況です。役員構成では女性はまだ1名ですが、プロデューサー職には5名、部長職にも2名の女性がおり、発言権のある立場で活躍しています。

生物学的な性差として、得意なことや苦手なことが分かれる部分はあると思います。たとえば、重い機材を運ぶ肉体労働は男性に向いているかもしれませんし、コミュニティ形成や情報共有を重視するのは女性の特性かもしれません。両者の間に生じる情報ニーズのずれを埋めるのが、マネジメント側の役割ではないでしょうか。お互いの違いを理解したうえで、適切に業務を分担すれば、ジェンダーによる不利は最小限に抑えられると思います。

私は本当に運が良いと感じています。好きな仕事を続けながら、子育てと両立できていることに日々感謝しています。

――本日はお忙しい中、ありがとうございました。