1935年宮城県仙台市生まれ(注1)。東北大学教育学部を経て、1957年に東映動画(現・東映アニメーション)に「臨時採用」として入社。臨時採用者の給与は定期採用者の半分であり、さらに女性の臨時採用者の給与は男性の臨時採用者よりも低かった。同社の第1回⻑編劇場公開作『白蛇伝』(1958)の動画として参加する。厳しい労働環境にもかかわらず、頭角を現し、順調に原画に昇格。『わんぱく王子の大蛇退治』(1963)で原画を務め、高畑勲の初演出作品である『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968)では宮崎駿、大塚康生、小田部羊一らとともに制作の中心的役割を果たした。1975年公開の『アンデルセン童話 にんぎょ姫』の作画監督を務め、日本のアニメーション映画のクレジットにおいて初めて単独で記載された女性作画監督となった。1979年の『龍の子太郎』では、小田部とともに作画監督とキャラクターデザインを務めた。
労働組合運動に積極的に参加し、東映動画における女性の労働環境改善と地位向上に貢献した。女性社員は入社時に結婚と出産を機に退職する誓約書を提出させられていたが、奥山は1963年に同僚の小田部と結婚し、子どもを出産した後も働き続け、同社において女性が結婚・出産後にも雇用される道を開いた。既婚女性は仕事上の各種記載で姓を変えることが慣習とされてきたなかで、「旧姓」を一貫して使用している。
1986年からアニメーション専門学校で講師を務め後進の育成に励むかたわら、1988年からは銅版画の道に進み作家活動を開始する。銅版画作家としての経験は、35名のアニメーターが参加した『連句アニメーション 冬の日』(監督:川本喜八郎、2003)で担当した一篇に生かされている。2007年、70歳で逝去した。
2019年、NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』で、奥山をモデルとする女性アニメーター奥原なつ(広瀬すず)が日本のアニメーションの黎明期で奮闘するドラマが放映された。
(注)生年を1936年とする記載もあるが、本データベースでの記載は、小田部羊一・藤田健次『漫画映画 漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』(講談社、2019)に基づいている。

