――現在の職種、ご所属などを教えて下さい。
フリーランスで、プロップデザイナーとしてクレジットされることが多いのですが、実際には一つの班のなかで何でも屋のような立ち位置にいます。2Dも描きますし、衣装設定もやりますし、イメージボードのようなものも描きますし……。今入っている作品はセル画時代のアニメーションをリバイバルするような手つきのある作品なので、原画を元にアナログ風の絵画タッチのカットにするセルハーモニーの仕事がとても多いです。
もともとは動画から始めて、社内の原画試験を経て原画になりました。そこで出会った師匠のもとで何年か原画をやっていたのですが、その頃に、自分のジェンダーセンシティブな感覚と、実際にやっている仕事との間での葛藤が自分のなかでうまく両立できなくなってしまって、一度アニメーターを離職しています。同じ時期にイラストの本を自主制作で出していて、それを見た今の班のプロデューサーが声をかけてくださって、そこから今の班でずっと仕事をしています。
――いわゆる“アニメーター”とはちょっと違うんですね?
ちょっと違うんですよ。これがなかなか説明が難しくて、自分の仕事は何なのかと言いづらいので、初対面のときは一応アニメーターと言っているのですが、ちょっと違うんですよね。でも、アニメーター出身だから分かる部分は多いと思うので、そこは強みかなと思っています。
――作品ごとの雇用契約ですか?
フリーランスなんですけど、長く同じ班にいてるので、作品契約ではなくて、「これが終わったら、次はこれ」という感じで班の仕事をやらせてもらっています。
――キャリアについてお伺いします。学校を出られて、アニメーターの知識を得てから業界に入られたのですか?
自分は油絵出身なんですよ。武蔵野美術大学の油絵学科を卒業していて、知識としてはそこで自主制作をしていました。
――油絵の自主制作ですか?
いえ、油絵学科だったんですけど、作っていたのは映像でした。映像学科の人たちと共同制作をしたり、学祭で作品を出したり。仲間たちと商業アニメ的なフローを意識した形で自主制作をやっていました。
卒業制作もアニメーションで作りました。油絵に比べると、アニメは一本仕上げるのに時間がかかるんですよね。なので、それまでは油絵学科としての課題の頻度と、アニメという技法がなかなか噛み合わなかったのですが、卒制でやっと一本の作品として完成させて、感想を言ってもらえた。その経験があったから、その後も個人としての創作活動を続けていこうと思えましたし、結果的にそれが、今の仕事に声をかけてもらうきっかけにもなりました。
――卒業後は?
卒業後はアニメーション制作会社に就職して、動画マンになりました。
――美術がお好きだったと思うんですけど、なぜ油絵科に進んだのですか?
高校生の自分に聞かないとわからないけど、やっぱり、絵が好きだからだと思います。絵を描く学科がいいかな、と多分思ったんでしょうね。
ただ、実際入学してみると結構コンセプチュアルアートについて考えることが多かったんですよ。学生時代、もちろん絵画のコースなので描写に向き合うこともあるんですけど、同級生に現代アートをやっている人が多かったので、「この表象は何を参照したのか」「なぜこのモチーフなのか」「なぜ今これを作るのか」ということを、何かを見るとき、作るときに意識する、という土台が多分、自分のなかにあるかなと。こういう問題意識になるのには、そこが根元にあるかな、という気はしています。
――小さい頃から絵を描くのがお好きだとのことですが、アニメはどうだったんですか?
アニメも好きでした。今敏さんの作品が好きで。
アニメーターになりたいというのは、多分中学生、高校生くらいからだったんです。ただ、アニメーターになるためにアニメーターの学校に行くよりも、遠回りしたほうがいろいろ豊かになるんじゃないか、みたいな考えが当時からあったんじゃないかな。そのせいでちょっと迷宮に迷い込んでいる気もするんですけど。
――では、ジェンダーに興味を持ったのはいつ頃ですか?
ジェンダーに興味を持ったのは、大学を卒業してからです。社会に出るまでは、アニメ業界は性別関係ない、完全実力主義、と思っていて。でも入ってからは完全にそうとは言い切れないな、と感じました。女性監督やプロデューサーも増えてきてはいますが、やはり少ないですし。
――どういうきっかけがあって気づいたのですか?
新卒の時に、他の業界も含めてなんですけど、同級生たちが女性であることを理由に、理不尽な目にあった話をたくさん聞いたんですよね。自分の会社でもちょっとすぐには気持ちを処理できないような噂や言動を耳にしたりもあって。
アニメ業界だけの話ではなくて、大学の同級生がいろいろな業界に入って、いろいろな場に行っているのに、みんな共通して、女性であることで理不尽な扱いを受けていた。社会って男女平等じゃないんだな、と感じましたね。
――それって2000~2010年代ですよね?
2016年ぐらいです。2016年卒なので。それからまた10年経ったので、今はなくなっていて欲しいと思うんですけど、いまだに後輩から耳を疑うような話を聞くことはありますね。
――あるあるですね。なるほど、そういう経験が立て続けにあったりして、なんかおかしいぞと。
そうですね。
――アニメ業界は、まだジェンダー問題に疎いのでしょうか?
やっぱり深夜アニメになると女体をセクシュアライズ(性化)して描く作品も多いので、そういう作品に入る時には、社会構造を強化していることへの葛藤を感じます。
Netflixなど配信サービスでアニメを見る人が増えたので、こちらとしては深夜アニメのつもりでも、時間帯によるゾーニングがどこまで機能しているか怪しいのも、難しい問題だな、と思います。
――やっぱり意思決定職位の層にジェンダーセンシティブな人が少ないっていうのは、あるんでしょうね。
そうですね。やはり意思決定層に女性がいると作品のジェンダー表現に関わる違和感や心配事などは相談しやすいです。男性にももちろん相談しますし、実際に過去に何度も相談していますが、やはりジェンダーに関わることですと便宜的に男性を眼差す側、消費する側に置いてしまうことになるので、相手自身を男性という属性で括って敵にしていると捉えられないように、言葉選びにはかなり気を遣います。その上で、こちらの問題意識と、作品を良くしたい気持ちからの相談であることを伝えながらの擦り合わせになるので、普段からの関係値も必要ですし、防衛的にならずに話を聞いてくださるとほっとします。自分にとっても相手にとってもかなり精神的なコストのかかる時間にはなってしまいますね。
――それでお辞めになって、次の仕事に行くまではどうされていたのですか?
飲食店でバイトとかをしていました。
――バイトされて、その後アニメ業界に復活されたきっかけは?
即売会にイラストの本を出していたんです。今はいろいろな絵を描くアニメーターがいますけど、その当時は油絵っぽいタッチの絵を描くアニメーターが珍しかったので、それで気にかけてくれている人がいて。自主出版のイラスト本を見て声をかけてくださって、それで半年後ぐらいには、またアニメの仕事をしていました。
――自主出版、いわゆる同人誌ですね。同人誌は、結構コンスタントに発表されてたのですか?
そうですね。2冊ぐらい出して、それで見てもらって、という感じです。
とはいえ結構キャリアを正当に積んでいくルートから外れているというか、葛藤もあって。面白い仕事をさせてもらえるし、アイデアを重視してくださる環境にいる。そういう仕事をもらえるのは嬉しいんですけど、やっぱりコツコツ原画から演出になって、キャラデザや監督になって、という作画マンとしてのルートからは結構外れちゃっているので。
――できるできないは別として、これからこうなっていきたい、というキャリアパスについてはどうですか?
めちゃめちゃ悩んでいるんですよ。自分はアカデミックな場にも惹かれていて。自分の作品を作ると思ったときに、やっぱり大学時代に油絵学科で学んだ現代アート的なことに面白さを感じる部分があります。やりたいことは、アニメ表象をもう少し社会学的なところに接続してみたい。『ワンダーエッグ・プライオリティ』のEDは、地方から商店街や個人経営のお店が無くなってしまう空洞化と、大規模モールなどの大企業の台頭について考えて作った部分があって。自分も地方の出身だからわかるのですが、地方は生活の全てをモールが担ってる、みたいな構図になりやすい。特に自分でネットショッピングができない子供の頃は、クラスメイトと食べてるものも着ている服も全部同じ場所から来ている、みたいなことが起きると思うんです。そんな文化が均一化された中でも、個々人のキャラクターは唯一無二でもあって。社会政策や経済構造が少女の成長や人格形成にどのような形で関わっているのか、とかを考えながら作りました。日本全体の人口ピラミッドと、作品の舞台になった都市の人口ピラミッドを調べて比較して、その差をモブの人口比率に反映させて、主人公たちが育っている環境や空気感を表現しようと試みたり……。うまくいっているかはわからないですが、自分としては謎の試みができてありがたかったなと思っています。
そういうことを考えて作るのが好きなので、これからもっといろんな形でやっていけたらなと思っています。
――それでも海外から見ると、日本の作品は結構クイアとみなされますね。
それはカナダでワーホリしていた経験とも合致します。「日本のアニメのジェンダー二元論に囚われないキャラのあり方で、自分はノンバイナリーなんだと気づくきっかけになったよ」、というような話を実際に聞いたりしました。日本のアニメは海外のクィアコミュニティに愛されていますよね。ただ、『美少女戦士セーラームーン』も『少女革命ウテナ』も『らんま1/2』も海外でクィアリーディングされる作品の代表格ですが、意図してクィアフレンドリーに作っているかというと、実はそうではないですよね。
――キリスト教圏では表現できないものが多いから、日本の(一見タブーを描く)作品がウケているってことなんですけど、私たちがクイアだと思ってないのにそう理解されることがある。
そうですね。そこら辺に日本の表現の豊かさがあるとも言えるんですけど、いざクィア性を意図的に全面に押し出してやろうとすると、特にオリジナルアニメではまだまだなかなか企画が通りづらいと聞きます。
自分もそうですし、そういう作品に参加したい、作りたい!という後輩を何人か知っているのは希望です。ただ、アニメ業界は基本的に下積みが本当に長いんです。監督になるには早くて10年とかそれ以上の下積みが必要だと思うので、その過程で、気の進まない作品を必死にやらなくてはいけなくなることも出てきてしまいます。だから、本人にマイノリティとしての当事者性があればあるほど、そこで理想と現実の乖離を感じて、アニメ業界から離脱してしまうことが多いと思っていて。
なるべくそういう環境のなかでサバイブできる人が増えて欲しいし、自分もそのためにできることはしたいな、と思っています。
――では、最近のアニメでジェンダー公正だなと思う表現などはありますか?
自分の観測範囲なので偏りがあることをご容赦いただきたいのですが、『虎に翼』の吉田恵里香さんが脚本を手がけた『前橋ウィッチーズ』は、さすがの社会派アニメです!
『ガンバレ!中村くん!!』は等身大のゲイ男性を描いていると評判になりましたし、
『透明男と人間女』は視覚障害のある主人公のアニメなので、バリアフリー音声ガイドでの配信を実現していて、クィアのカップルも登場します。
『光が死んだ夏』は原作者(モクモクれん)さんが「ロマンスではないクィアの話」と明言していますし、自分も作中絵画で参加させていただいた『スキップとローファー』にはトランスジェンダーのキャラクターが自然に登場します。『違国日記』にはミックスルーツのクラスメイトが特別な存在としてではなく普通の存在として当たり前に登場します。
ほかにもシスターフッドを描いたアニメはどんどん増えていると思いますし、子供向けのフィールドでは未来の子供達のためによりよい表現を模索している方々がたくさんいます。
それぞれの作品にとても勇気をもらっています!
――こういうのいいなっていうのはアニメーター同士で共有していますか?
そうですね。フェミニストのアニメーター同士で「いいね」という話はします。
山田尚子さんが総監督を務めた『天幕のジャードゥーガル』はクオリティが高すぎて、普段フェミニズム的な問題意識を持っていない業界人も楽しんでいるのではないかと思います。やはりクオリティの高さによる説得力にはすさまじいものを感じます。いい表象が出てくると、その背景にある思想性を理解する人も増えますよね。
――では嫌々やってるっていうところから、少し改善はされたのですか?
もしどうしても入っていて辛い作品であれば、相談して担当を外してもらうことは要望していいと思います。新人さんこそ言いづらいと思うので、アサインの前に内容について確認するなど、職場のサポートもあってほしいと思います。
フリーランスとしては、仕事はするけれど、ノンクレジットにしてもらう、といった対応もあります。自分も何度かノンクレで仕事をしたことがあります。
――そうなんですね。でもノンクレだと回数をこなしていても、実績にはならないから、もらえるべき報酬をもらえないのではないですか?
お金はやった分は当然もらえますが。記録には残らないから、キャリアとしてはカウントできないですね。
――私たち研究者は、完成品しか見られないので、そういう制作プロセスで現場の記述されない声を聞かせていただけるのは本当に貴重です。ある表現が嫌だって思って、特例にしてもらったり、ノンクレジットにしてもらったりっていうのが実際可視化できたら、いかにジェンダーに公正でありたいというスタッフがいるということもわかると思うのです。言わないと鈍感な人は気づかないと思うんですよ。「何が問題なの?」みたいな反応になってしまう。
アニメ研究にも最近すごく興味を持っています。須川さんの魔法少女研究(注:『少女と魔法』)もそうですし、雪村まゆみさんの『アニメーションと国家』も今読ませて頂いています。研究者の方々の知見を、アニメ業界の人にも知って欲しいと思います。商業アニメ、テレビアニメは、本当にすごいスピード感で作っているので、自分たちの生み出した表象がどのように研究されているのか、一つひとつ振り返っている暇がない、という感じなんですよね。
――そういうのって、表に出てこないから現場の人間にしかわからないんですよね。
そうですね。今はそれぞれが、それぞれの場所でちょっとずつ頑張っている感じですね。
――そういう動きがつながるといいですよね。
そうですね。そういう人々の有機的な動きが、どんどん作品に繋がってほしいと思っています。
――最後に、アニメーターやアニメ業界を目指している若者にメッセージをお願いします。
繰り返しになりますが、アニメーターは職人の側面も強いし、長くやっていたら、時には自分を殺して仕事をすることもあると思うけれど、自分の考え方を大事にしてほしいです。それがきちんと価値のあるものだと思うので。
自分はそこに葛藤があったときに、作画とはすこし違う道を選んじゃったので、ついつい作画の後輩には粘って欲しいと思ってしまいます。
アニメ業界にもっといろいろな考えを持っている人が増えるといいな、と思っています。
――本日は貴重なお話をありがとうございました。

